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No Damage
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スターダスト・キッズ
ガラスのジェネレーション
SOMEDAY
モリスンは朝、空港で
IT'S ALRIGHT
Happy Man
グッドバイからはじめよう
アンジェリーナ
So Young
Sugartime
彼女はデリケート
こんな素敵な日には(On The Special Day)
情けない週末
Bye Bye Handy Love

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 その日は大雨だった。テレビではお決まりのように各地の被害状況が伝えられていた。台風情報の報道番組というのは本当によくできている。実際に被災地と関わりのある人にとっては、リアルタイムで状況を教えてくれる貴重な情報源。そうでない人には限りなくリアルなパニック映画だ。どちらにしても思わず見いってしまう番組であることには変わりがない。
 僕はしばらくの間、日本中の多くの視聴者と同じようにパニック映画を楽しんでいたのだけど、そのうちにその日の映画がいつもと少し違うことに気がついた。舞台はいつの間にか僕が通っている高校のある街に変わっていたのだ。

「100m?」

 テレビの画面には、"木曽川が100m増水"というスーパーが流れていた。はたしていつも渡る橋は川の水面から100m以上も上にあっただろうか・・・とうてい理解できない数字をにらみつけながら、僕は川沿いに家のあるクラスメイトの女の子に電話をかけた。電話に出た彼女は「なんだか、家のすぐ前まで川がきてるよ」と笑いながら説明してくれた。だけど、会話は長くは続かなかった。それからすぐに電話どころではなくなってしまったのだ。

 洪水の被害にあったのは彼女の家だけじゃなかった。ある友人は家がお好み焼き屋をやっていたのだけど、袋に入れてあった材料の"天かす"が水を含んで膨張し、店の厨房を天かすに占領されてしまった。水分をたっぷりと含んだ天かすが15cmぐらいの厚さに積み重なって床一面を覆い尽くしている様子は、田舎育ちの僕にとってもかなり気持ちの悪いものだった。後にも先にも、天かすをスコップで掘る様子を見たのはこのときだけだ。さらに店先の空き地には、直径が2mはあろうかという巨大な金属製のぬか漬けの樽がどこかの漬け物工場から流れ着き、まるで墜落したUFOのように斜めに鎮座して異臭を放っていた。
 友人の家で遊んでいるところを、危ないから帰ってこいと家から呼び出された同級生もいた。途中、道路が川のようになって自転車を漕げなくなったので、水の中を歩きはじめた彼は、やがて足が地面に届かなくなり民家の屋根に泳ぎ着いた。その屋根も少しずつ沈みはじめて途方に暮れていたところを、観光用の舟に助けられたらしい。こちらは人づてに聞いた話なので、若干脚色されているところがあるかもしれないが、全くの作り話でもないようだ。

 そんな被害にあった同級生たちの中にひとり、持っていたレコードがすべてだめになってしまった友人がいた。彼の家は2階建てだったにもかかわらず、2階にあった彼の部屋も含めて1件まるごと濁流の餌食になったらしい。実際にだめになったのはレコードそのものではなくジャケットだと思うが、泥だらけになったジャケットからレコード盤だけを取り出して保管する気にはならなかったのだろう。
 でも実際には彼のレコードがすべてだめになったわけではなかった。1枚だけ、僕の部屋に彼のレコードが残っていたのだ。

 僕がこのレコードを借りることになったのは、確か高校の文化祭でバンド演奏する曲を覚えるためだったと思う。彼は文化祭のために組んだ同じバンドのメンバーで、選曲のときに佐野元春を持ってきたのだ。僕はそれまで佐野元春のアルバムはおろか曲もほとんど知らなかったのだけど、このアルバムを聴き、その中の何曲かを実際にバンドで演奏して、すっかり佐野元春がお気に入りになった。
 『No Damage』は発表済みの曲を再編集したもので、オリジナルアルバムではないけれどいわゆるシングルコレクションでもない。"パーティの最中にずっとかけっぱなしにしておけるアルバム"をテーマに、佐野元春自身がピックアップし、ほんの少し手を加えて並べ直したものだ。だからある意味、オリジナルアルバムよりも全体の統一感があって、とても心地いい。他のミュージシャンには真似できないユニークな詞の乗せ方が新鮮で、おまけにビリージョエルやブルーススプリングスティーンのフレーズとかアレンジをうまく取り込んだサウンドが、僕の好みにぴったりだった。

 借りてからずいぶん経っていたので、彼は僕にそのレコードを貸したことなどすっかり忘れてしまっていた。僕は僕で、早く彼に返してやらなくちゃと思いながら、いつの間にかまた忘れてしまった。なぜだかわからないけど、僕は何かモノを管理するということに関しては、小学生にも勝てないほどの能力しか持ち合わせていないのだ。いまでも自分の部屋にしまってあるはずのもののうち半分以上はどこにあるのかわからないし、そのほとんどは自分が持っているということさえ忘れてしまっている。だから返さなくていい、ということにならないのはもちろんわかっているけど、とにかく僕は彼にレコードを返すことができなかった。しばらくして高校を卒業すると、彼との交流は完全に途絶えてしまった。

 最近になって、佐野元春がときどきテレビ番組に顔を見せるようになった。相変わらずカッコよくて、マイペースで、変人だ。子供みたいな感性をいつも体中にみなぎらせている。かたや彼より若いはずの僕はというと・・・。
 『No Damage』はひょっとしたら僕にとって、高校時代の思い出なんかではないのではないだろうか。なぜって、高校時代の僕はまぎれもなく僕自身であり、決してどこかへいなくなってしまった誰かではないのだから。あの頃の僕は、いまでも間違いなく僕の中に存在しているはずなのだ。いま目の前にあるこのレコードが、ずっとあのときのまま、いまでも水害に遭った友人のものとして僕の手元にあるのと同じように。

【2002.11.2】

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