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ジョンの魂
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MOTHER
HOLD ON
I FOUND OUT
WORKING CLASS HERO
ISOLATION
REMEMBER
LOVE
WELL WELL WELL
LOOK AT ME
GOD
MY MUMMY'S DEAD

© TOSHIBA EMI LIMITED
 

 彼が凶弾に倒れ、世界中が悲しみに打ちひしがれた1980年12月8日。しかしそれは、当時中学生だった僕にとってたいして興味深いニュースではなかった。彼がビートルズのメンバーだったということはもちろん知っていたけど、そもそも当時の僕はビートルズをよく知らなかった。たまに耳にする『イエスタデイ』や『レットイットビー』や『ヘイジュード』は、ただのスタンダードソングでしかなかったのだ(しかもそれらがすべてポールマッカートニーの曲だったこともあとから知った)。
 よく知らない有名人がひとりいなくなった。それだけのことだった。

 僕が初めて彼の音楽を聴いたのはそれからずっと後、19歳になってからだった。それは、ほんの偶然だった。
 当時僕が好んで聴いていたのは、ビリージョエル、エルトンジョン、ボズスキャッグスといったソロアーティストたちだった。僕が彼らに惹かれたのは、自分で曲を作って楽器を演奏しながら歌うというかっこよさと、その世代の若者にありがちな大人の匂いへのあこがれからだったと思う。そんな男性シンガーの名前が並ぶレコード店の一角に、"ジョンレノン"のネームプレートがあったのだ。ビートルズとは無関係に。
 その"ジョンレノン"のコーナーに1枚、妙に気になるレコードがあった。ジャケットの写真を3分の1ほど覆い隠してしまっている許しがたいほど幅の広い帯に、大きく『ジョンの魂』と書かれていた。隣りには「ロックン・ロールの哲学者」の文字。さらに「ジョン・レノンの赤裸々な世界がここに。「個」から「マス」への深淵なるメッセージ」という、なんだか奥深そうなコメントが続いている。
  どうひいきめに見てもセンスというものが感じられないその帯だったが、広告効果は抜群だった。ジョンはこの世を去って数年後に初めて、彼の残した音楽を僕に届けてくれた。

 ビートルズに対して何となくメロウなイメージを持っていた僕は、どちらかというとしっとりとした大人の音楽を想像していた。でも
それは全くの見当違いだった。レコードに針を下ろした瞬間、僕の耳は凍りついた。ひび割れた鐘の音が数回打ち鳴らされた後、ジョンは突然「Mother!」と叫んだのだ。
  彼には物心がついた頃からすでに両親がいなかった。1歳のときに彼のもとを去った母親、そして彼が生まれる前に家を出てしまった父親への想いを、彼は最初のソロアルバムの1曲目に込めたのだった。

 "Mama, don't go! Daddy, come home!"
 "Mama, don't go! Daddy, come home!"

 次の曲も、その次の曲も同じだった。それまで僕が聴いていたレコードはすべて(もちろんそれだけが目的ではないにしろ)僕を喜ばせるために作られていたけど、このアルバムには全くそういう意図が感じられなかった。ジョンはただ自分の心の内に鬱積していた黒いどろどろを、そのままレコード盤の形にプレスしたのだ。
 震えがくるほどの緊張を感じながらアルバムを聴き終わった僕は、何とも言えない絶望的な喪失感(中学生の頃、太宰治の『人間失格』を読み終わったときと同じ感覚だった)に包まれてしばらく呆然としていた。そして魅入られたようにもう一度、そして何度も、レコードに針を下ろした。

 世間からずっと遅れてジョンレノンの凄さを知った僕は、その後すぐにビートルマニアになった。そして十年以上の遅れを取り戻そうとするかのように彼とビートルズのアルバムや本を買い集め、聴き、読みあさった。ビートルズのコピーバンドを組んで、いくつかのジョンの曲を歌ったりもした。そんなふうにビートルズの音楽やその誕生から崩壊までの歴史を知り、ジョン本人のインタビュー記事などを読むうちに、僕は『ジョンの魂』の魅力をより深く感じることができるようになった。

 このアルバムが発表された1970年は、ビートルズが解散した年でもあった。この頃のジョンはビートルズ、とりわけポールに対して批判的な発言を繰り返していた。でも僕にはそれがビートルズに対する彼の愛情の裏返しだったように思える。ビートルズはジョンにとって自分の音楽を表現する場であり、信頼する仲間たちと過ごす大切な居場所だったはずだ。それがいつのまにか自分のものではなくなり、ついには壊れてなくなってしまった。それはジョンにとって耐え難い苦痛だったに違いない。
 彼は新しい自分の居場所を確立しなくてはならなかった。そのためにビートルズの亡霊から逃れなくてはならなかった。彼はこのアルバムで自分という存在をもう一度見つめ直し本当の自分をさらけ出すことで、音楽と人生を一からやり直そうとしたのだと僕は思う。ギター、ピアノにベースとドラムというシンプルな構成は、単にジョンがシンプルなロックンロールを好んだからというだけでなく、芸術的にも技術的にも頂点を極めたビートルズの音楽への決別を意味しているように感じられる。

 でも実際にそうはならなかったのだ。ジョンが好むと好まざるとに関わらず、ここにはやはりビートルズのジョンレノンがいる。
  極端にシンプルなアレンジ。ひずんだ音。まるでデモテープのような粗雑な印象を受けるのだけど、決してただのセッションではない。すべて意図された演出なのだ。曲の展開、アレンジ、楽器、エフェクト・・・、そしてアルバム全体の完成度にこだわった音づくりには、ビートルズ時代と変わらないセンスと技術があふれている。『ジョンの魂』は、ビートルズからひとり立ちしようとするジョンと、ビートルズを背負い続けるジョンの絶妙なバランスから生まれた奇跡の傑作なのだ。
 アルバム全体を支えている心臓の鼓動のようなドラムの音が、他でもないリンゴスターによるものだという点も、このアルバムを象徴していて興味深い。ジョンがこのアルバムで求めた音を体現することのできるドラマーは、彼をおいて他にいなかったのだ。

  人は決して自分の歴史を消すことはできない。自分の中に残ったもの、自分の周りに残ったもの、それらは良きにつけ悪しきにつけ自分の一部なのだ。

【2003.1.6】

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